施設について
佐白の歴史
仁多(にた)
『出雲国風土記』では、「豊かな土地」という意味の「仁以多地(にたしきち)」と呼ばれたところから名付けられたと言われている. また、「にた」の「丹(に)」がこの地方特有の赤土を意味するとの説もある。(出典:wikipedia) おろち伝説でも有名である。
布勢(ふせ)
昔は「布施」または「布世」と称し、出雲風土記及び布施村誌によれば、大国主命が奥出雲に踏み入り国土経営の際、この布勢の地を至便の所として、幾程かここに宿座(ふせり)たもう、故に「ふせ」という。また別説には、昔は官において駅路の要所に「布施屋」という宿舎を設け、旅人に便宜を与えたが、布施の地は仁多郡の門戸に設置し、交通の要路にあたるので布施屋が設置された故に地名になったという。神亀3年の式に「布勢」と改められた。(注:布施とは仏説の慈悲施与をいい、布勢屋とは慈善の宿であった。)
佐白(さじろ)
佐白は仁多郡の門戸に位置し飯石郡大原郡を結ぶ交通の要所で宿場町として栄えた。